第弐壱拾参話 迅雷『エンジェルズ・グレイヴ』の落下を阻止したランディエフ達は古都ブルンネンシュティグに戻り、一時期の休暇を得ていた。まぁ、緊急の事があれば、すぐにでも戦える準備をしておかなければいけなかったのだが。 ビガプールに実家があるファントムはラムサスの家に、ランディエフはヴァンの家にひとまず世話になっていた。 今ランディエフは、日も暮れ、松明の光が辺りを照らしている古都西門の見張り台に一人座っていた。 「…休まないんですか?ランディエフさん?」 ランディエフが気付いて螺旋階段の方を振り向くと、両手にパンと暖かそうなスープを持ったヴァンが来ていた。 「少しは休まないと、体、壊しますよ」 そういうとヴァンは、両手のパンとスープをランディエフに手渡した。おそらくはロレッタにわざわざ作ってもらったものだろう。おいしそうな匂いと湯気がスープからたちのぼり、パンには『ダイアーウルフ』の焼いた肉とキャベツがサンドしてあった。 「…む、すまない」 ランディエフはそれらを受け取ると、真っ先にパンを口の中に放り込んだ。歯応えあるダイアーウルフの肉は、噛むとその肉汁が染み出し、固いパンを程よく柔らかくした。 「…以前は、ビガプールの警備隊に所属していたんですか?」 ヴァンが、あまり互いを知らないランディエフに語りかけた。ランディエフはスープを飲みながら答える。 「いや、前回の大戦中は傭兵として、アリアンの金持ち達に雇われていた」 「へえ…恋人とか、両親は?」 「両親も恋人もいないさ、両親は俺が生まれたすぐに病気で死んじまったし、恋人にいたっては…女性と話したことすらないからな、俺は」 「なるほど…」 ちょっとまずいことを聞いてしまったかな、と思ったヴァンの腰にぶら下げていた袋がモゾモゾと動いた。 そして袋の口から、まだ子供と思われる『ウルフ』がひょっこりと顔を出した。 「あっ、こら出てくるなっ!」 ヴァンが慌てて袋の口を閉じようとするが、まだやんちゃな『ウルフ』の子供は抵抗し、なかなか袋の口を閉めさせてくれない。 ついに袋から脱出したウルフは、床に置いておいたランディエフのスープをペロペロとなめはじめた。 それを見たランディエフが苦笑しながらヴァンに聞いた。 「…なんだ?その犬は?」 ヴァンも同じように笑いながら、ランディエフに返事を返す。 「こいつは、俺の親父が死ぬ前に拾ってきた犬でさ。怪我してたから手当てしたらなついちゃったってわけさ。」 「…ヴァンの父親も、死んでしまったのか?」 「…ああ、俺がまだ10歳のときに、寿命でな…」 2人の間に沈黙が走る。ふと、ランディエフがその子犬を持ち上げ、体を撫で始めた。 「失礼なことを聞いたな,すまない」 そう聞いたヴァンが髪を掻き毟りながら答える。 「いや、こっちこそあんたの…」 そう言おうとしたとき、ランディエフが子犬を撫でている姿と、昔に死んだはずの父親が同じように子犬を撫でている姿が一瞬,重なった。 「え…?」 「…どうした?」 「い、いや…なんでもないさ」 そういうとヴァンは徐に立ち上がった。 「じゃあ、俺は寝るよ」 「ああ…いい夜を」 そう言われるとヴァンは階段を下っていき、暗闇に姿が完全に見えなくなった。 松明の火が燃えるパチパチという音だけがしばらく響いた後、ランディエフは何も無い暗闇に語りかける。 「…さっきからいるのはわかっている、そろそろ出てきたらどうだ?」 そう言った途端、誰もいなかったはずの柱の影から人影が現れた。いや、正確には影の中から人が出てきたといったほうが正しい。 その人影は、あの天上界で会った龍人…紅龍ゼグラムだった。 「…やはりわかっていましたか。流石は…」 「御託はいい、俺に何の用だ?」 そういうランディエフの手には、すでにアンドゥリルが抜き取られている。 それを見た紅龍が少々引き気味に答えた。 「私は貴方と争いにきたのではない。貴方に会いたいという方がおられるのです。」 「何…?誰だ?そいつは」 「…興味があるのならば、きてもらえますか?私と共に」 「…いいだろう」 そういうと、ランディエフとゼグラムは見張り台を降り、近くのバヘル丘へと向かった。 ジャンル別一覧
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